
「弁理士の仕事は特許明細書を書くことだ」って聞いたんですが、どんな仕事か教えてください!

じゃあ、簡単な具体例を交えながら、できるだけわかりやすく説明するね。
特許権などの産業財産権を取得するための手続きを簡潔に示すと、「出願→審査→中間処理→査定」となります。詳しくは下の記事をお読みください。

このうち、出願の際に発生する出願業務と中間処理が弁理士の仕事となります。一方、審査と査定は特許庁の審査官の仕事です。
『出願業務』と『中間処理』は弁理士の二大業務であり、ほとんどの弁理士は毎日これらの仕事に明け暮れています。
この記事では、出願業務(明細書作成)がどういう仕事なのかについて、具体的に説明したいと思います。
中間処理についてはこちらの記事をご覧ください。

仕事内容を完璧に理解しようとするのではなく、ここでは弁理士の日常業務のイメージをつかんでもらえたら十分ですので、気楽に読んでください。
なお、私は意匠や商標に疎いので(苦笑)、特許の説明のみとさせてもらいます。あしからず。
特許の場合は出願業務=明細書作成
出願業務とは、出願書類を作成する業務のことです。そのまんまですね(笑)。
特許出願の場合、必要な書類は、『願書』、『特許請求の範囲』、『明細書』、『図面』、『要約書』です。
百聞は一見に如かず。試しに出願書類がどういうものなのか見ておきましょう。
以下の手順で出願書類の公報を見ることができます。
2.検索結果に表示されている『特開』から始まる文献番号をクリック
3.その画面で表示される各項目が以下のように各書類に対応します
書誌⇒願書
要約⇒要約書
請求の範囲⇒特許請求の範囲
詳細な説明⇒明細書
図面⇒図面
いかがですか?
これが我々弁理士が日々作成している出願書類です。なかなか大変そうでしょ?(笑)

こんなに長くて難しそうな書類を毎日書いてるんですか?!

ま、慣れるもんだよ。
公報を見たらわかるとおり、特許の出願書類の中で最もボリュームがあるのが、発明の内容を詳しく説明するための『明細書』です。
このため、特許の場合、出願業務のことを『明細書作成』と呼ぶことが多いです。
明細書作成は、弁理士の仕事の中でもっとも基本的かつ重要な業務であり、弁理士として生きていくのに必須の業務です。
最初は難しくて取っつきにくいと思いますが、弁理士や特許技術者なら誰しもが通っている道です。そのうち慣れるものなので、心配しなくても大丈夫ですよ。
明細書作成で一番重要なのはクレーム作成
出願書類の中でボリュームがあるのは明細書ですが、最も重要性が高いのは『特許請求の範囲』です。
特許請求の範囲は英語で『クレーム(claim)』と呼ばれ、こちらのほうが実務ではよく使われますので、この記事でもクレームという表現を使わせてもらいます。
特許権を取得するためには、クレームで権利を取りたい発明を書いて、それを審査官に審査してもらうのです。
特許権の権利範囲を規定するのがクレームで、クレームに書いた発明を詳しく説明するため補助書類として明細書や図面があると考えればわかりやすいと思います。
明細書作成においては、ページ数の多い明細書が最も時間がかかりますが、弁理士の腕の見せ所となるのはクレームの作成です。
以下では、明細書作成の核心であるクレーム作成をどういう感じで行うのか、具体例を示しながら説明します。
クレーム作成の具体例
特許出願を行う場合、まずは弁理士とクライアントで特許面談を行い、クレームの方針を固めるのが一般的です。
知財部(知的財産部)のある企業の場合、クライアント側は発明者と知財部の担当者が面談に出席することが多いです。
さあ、特許面談を始めてみましょう。
『消しゴムが側面に取り付けられたシャーペン(シャープペンシル)』


なぜ、この発明を思いついたのですか?

シャーペンで消しゴムが先端に付いているのがありますよね。あれだと、消しゴムを使うときに先端を押してしまって、芯が出てしまうことがないですか?側面につければ、そういうことがないと思って。

なるほど。じゃあ、この発明を鉛筆に適用しても意味はないっていうことですか?

そうですね。鉛筆なら芯が出るという問題はないので。

消しゴムが側面についてたら、シャーペンが転がらないというメリットもありそうですが…。

確かにそういうメリットもありますね。

転がり防止に着目するなら鉛筆にも適用できそうな発明ですね。
特許面談では、こんな感じで弁理士が発明者からのヒアリングを行いながら、発明のアイデアを膨らませたり絞り込んでいったりします。
特許面談で重要なのは、『課題→解決手段→効果』というストーリーを頭の中で描くことです。
『課題→解決手段→効果』というストーリーはそのまま明細書の骨子になりますし、『解決手段』はクレームに相当します。
上の例で発明者が最初に言っていたことをこのストーリーに当てはめるとこうなります。
課題:先端に消しゴムが付いたシャーペンだと消しゴムを使うときに芯が出てしまう
↓
解決手段:消しゴムをシャーペンの側面に取り付ける
↓
効果:消しゴムを使うときに勝手に芯が出ることがない
矛盾のない明快なストーリーが書けますね。この場合、クレームは『消しゴムが側面に取り付けられたシャーペン』となります。
しかし、これでは発明者が提示してきたストーリーをそのまま書き写しただけで、弁理士としての付加価値はほとんどありません。
弁理士としての付加価値をクライアントに提供するには、以下の点を押さえながら、実効的なクレームの検討を重ねることが必要です。
- もっと広いクレームは書けないか?
- 既存技術がクレームに含まれていないか?
- 競合他社に回避されにくいクレームになっているか?
- 侵害品を特定しやすいクレームになっているか?
- 特許性(主に新規性・進歩性)はどうか?
すべてについて深掘りすると弁理士の実務そのものとなってしまいますので(笑)、ここではクレームを広げる検討例に少し触れておくだけにします。
例えば、特許面談で登場した『転がり防止』という効果に着目すると、次のようなストーリーを作ることもできます。
課題:丸い鉛筆やシャーペンだと転がってしまう
↓
解決手段:鉛筆やシャーペンの側面に消しゴムを取り付ける
↓
効果:消しゴムによって転がりを防止できる
この場合は、『消しゴムが側面に取り付けられた鉛筆またはシャーペン』というクレームが書けますね。シャーペンだけでなく鉛筆もクレームの範囲に含めることができました。
さらに、最近はインクが消せるボールペンもあるので、『消去具が側面に取り付けられた筆記具』というクレームまで広げることも考えられます。
しかし、クレームを広げれば広げるほど、特許審査で新規性(今までにない新しいものであるという要件)や進歩性(容易に思いつくことができないという要件)をクリアしにくくなります。
なぜなら、クレームを広げると、その分、すでに世の中に存在するものがクレームの範囲内に入る可能性が高くなるからです。
なので、クレームには一番広いクレーム(メインクレーム)のほかに、メインクレームよりも範囲を限定したサブクレームを用意しておくのが一般的です。
例えば、この例なら、
消去具が側面に取り付けられた筆記具
【請求項2(サブクレーム)】
消しゴムが側面に取り付けられたシャーペン
としておくことができます。
仮に、特許審査で「請求項1は新規性や進歩性がない」と審査官に指摘されたとします。
その場合、「請求項2のシャーペンの場合は、芯が勝手に出ないというさらなる効果もあります」と主張すれば、請求項2を特許してもらえる可能性があります。
このように、メインクレームの特許性を否定された場合でも、サブクレームを用意しておけばそこで権利化できる場合はあります。
長くなりましたが、クレーム作成のイメージはできたでしょうか?
個人的には、明細書や図面の作成は面倒臭くてあまり好きではないですが(笑)、クレームの作成は難しくも面白いと知的作業だと思います。
明細書作成に必要な能力
明細書作成に必要は能力は大きく次の3つがあります。
- 技術理解力
- 文章力
- コミュニケーション能力
明細書作成の内容を考えれば、『技術理解力』と『文章力』はわかってもらえると思いますが、『コミュニケーション能力』はなぜ必要なのでしょう?
いいクレーム、いい明細書を書くためには、特許面談で有用な情報を聞き出す必要があります。そのときに『コミュニケーション能力』が必要となるのです。

特許事務所によっては、特許面談の取りまとめはリーダー職の弁理士が行って、それをほかの弁理士や特許技術者に伝えて明細書作成を行うという体制になっているところもあります。
そういう体制だと、明細書作成を担当する弁理士や特許技術者には高度なコミュニケーション能力は必要ありません。
しかし、弁理士として一人前に自立できるかどうかは、特許面談をこなせるコミュニケーション能力があるかどうかが大きいと最近ひしひしと感じています。
なので、これから弁理士を目指す人、特許事務所に転職する人は、単に明細書が書ける弁理士ではなく、特許面談を自分でリードできるところを目指してください。
それが特許業界で生きていく上での大きな強みになると思います。
この記事を読んで「弁理士の仕事って面白そう!」と感じた人は、かなり適性が高いと思いますので、ぜひ特許業界に飛び込んできてください!


卒業論文みたいな書類を毎日書いてるなんてすごいなぁ。

何度も言うけど、慣れれば何とかなるもんだよ。